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調査員のおすすめの逸品№390 ふんどしを脱ぐより恥ずかしいものってなに? ―里西遺跡から出土した烏帽子―

大津市

 烏帽子は、帽子のような「かぶりもの」のひとつです。飛鳥時代(7世紀)にできた冠(かんむり)がもとになって、成人男性が日常の場で使用する「かぶりもの」としてしだいに広く普及していったとされています。平安時代後半(10~11世紀)ごろの絵巻物などには、様々な成人男性が烏帽子をかぶっている様子が描かれています。このころになると成人男性であることを示す道具として無くてはならないものとなっており、烏帽子を脱ぐことは「ふんどし」を脱ぐよりも恥ずかしいことと言われるくらい成人男性にとって大切なものでした。

 烏帽子は様々な種類のものが存在します(図1)。「立烏帽子(たてえぼし)」は峯とよばれる頂部が丸みを帯びた筒状のもので、公家や公式の場での正装として使用されたとされています。現在でも神社の神主さんが被っていたりしています。「折烏帽子(おりえぼし)」は、「立烏帽子」の先端を数回折り曲げて作ったものです。激しい動きでも落ちないようにしたものとされ、武士が主に使用したことから「侍烏帽子(さむらいえぼし)」とも呼ばれています。これらは、布(絹・麻など)や和紙を素材として使用し、漆を2~3層ほど重ね塗りして作られていました。このほかには、頭巾のようなやわらかい布で作られた「萎烏帽子(なええぼし)」があります。一般庶民が主に使用したとされ、武士が兜の下にかぶるときにも使用したとされています。身分や場に応じて、様々な烏帽子が使用されていました。

図1 烏帽子の種類

里西遺跡から見つかった烏帽子

 烏帽子は広く普及していたため、当時はかなりの数が存在していたと考えられます。しかしながら、日常的に広く使用された消耗品は残されていることが少なく、烏帽子についても現在に伝えられるものもほとんどありません。遺跡の発掘調査で見つかっているものも少なく、県内では里西(さとにし)遺跡・大石城(おおいしじょう)遺跡(大津市)、小御門(こみかど)遺跡(日野町)、下五反田(しもごたんだ)遺跡(高島市)の4遺跡から「折烏帽子」が出土しています。

 このうち、里西遺跡は令和4年度に行った発掘調査で確認したもっとも新しい事例で、鎌倉時代(13世紀初頭)の墓から出土しました(写真1)。

写真1 里西遺跡の烏帽子が出土した墓

 比較的残りがよく、頂部を2度同じ方向へ山折りして製作されています(写真2)。絹や麻といった繊維素材については特定できなかったものの、素材には布が使用されています。漆は錆漆(さびうるし)で布を塗り固めたのちに、透明漆を3層重ね塗りされていました。錆漆は鉱物の粉などを生漆に混ぜたもので、下地を作るのに使用されています。全国では確認された事例があったものの、県内では初めて使用されていることが確認されました。

写真2 里西遺跡の烏帽子(保存処理後)

 里西遺跡で見つかった烏帽子は良好に残る数少ない資料だけでなく、当時使用されていた烏帽子の製作方法を示す貴重な逸品と言えるものです。

(調査課 中村智孝)

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